みなさんこんにちは。
お久しぶりです。サカナです。
ほんっとーにご無沙汰です。
ほんとに。ほんとうに。うふふふふふふふふf
「さ、さかなのうしろにおーらが見えるぅ ガクブル」
「お久しぶりだねばれ^^^^^」
「さ、さかなたんはなんでそんなにおこってるのかなーおにいさんぶっちゃけテラコワスだお」
「んふふふー^^自分の胸に聞きやがれこのやろ^^^^^^」
「わ、わからないお……((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル」
「5月21日。」
「えーと。『いんとよん?』か?なんかあったっけ?サカナたんの陰口なんて書いて無いじゃないかよぉ;;機嫌なおしておくれおおまえさん」
「だれがおまえさんですか!逆でしょう!ってそもそも夫婦じゃ……」
「やだよぉ、おまえさん^^人前だからってそんな照れなくてもいいj
「URRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRY!!」
どすばきべきょごしゃごんがんめきゃどすどすべちゃっべっちゃっべちゃべちゃ
「さ、さかなたん!ウゴッ、水音がグエ、嫌な水音がなるくらい顔が変形してrゲピュちょwwwwwwwwwwwwwwwwwwぼすけtwwwwwwwwwwwwwwwwww」
□□□☆☆☆折檻終了のち10分後。☆☆☆□□□
「ばれ、わたしだけ課金してくれませんでした。」
ブピ(オレンジジュースを吹いた音
(実はサカナだけ現時点でも未復活だったりしまs)
「あ、あー…あはははははははははははははははははh」
「いーんです。どーせどーせあるるたんとかゆふぁふぁたんの方が可愛いんでしょうよ。ロリコンですもんね。私のこのオトナのオンナの魅力はばれにはわかんないんですよーだ。それに私だってとりたてて別に復活したいわけじゃないんですけど、
ほかの倉庫キャラは全て、すーべーてー!復帰したのに私だけ復活させなかった
っていうその理由はいかがなものなのかーしーらぁぁぁぁ?」
「とりあえず。」
「はい?###」
「さかなにオトナの魅力っつーのは備わってないな。誇大広告はJAROに訴えられr
「言いたいことはそれだけ?^^^^^^^^^^^^^」
「ちょwwwwwwwwwまってwwwwwwwwwww人間らーぶあんどぴーっす!ね!ねね!らぶがないと人は生きていけないんだよウサギは寂しいとしんじゃうってかその両手斧はなにいやーやめてーwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
ゴス。
「さて。それでは非日常北海道ダイジェストでーす^^あーすっきりした。」
「あれ?あれれ?」
「どうしたの?始めないの??」
「キエタ……キエチマッタゼオレノ2ジカン……。」
「うあ、燃え尽きてる……」
マシントラブル?それともよけーなとこおしたのか?いきなり再度読み込みをはじめて書いた物がぜーんぶすっ飛びました……。
一縷の望みをかけて、以前保存した文を読み出しましたが、どーでもいい前座から保存してなかった様なのです。ちぬ。
正直気力とか全部ぶッとんd
写真とかいっぱいうpしたのに。
ごめんマジへこんだ。再開しようにもガッツが足りません……。
とはいえこのままじゃあんまりなのでずーッと昔に書いた紀行文を一部に手を加えてうp……
ごめん勘弁。うわあああああああああああああああああああああん;;;;;;;
上野発寝台列車に乗るのも2回目。あのときはまさかもう一度北海道にいくなんて思ってもみなかったのだけれどもと、出発時に高揚していた気持ちも収まり、きちんと寝ることが出来たのは私の生来の強みであるのだろう。最近それにかげりがみえるも、私は基本的に何処でも寝れる。床に就いてしまえばあっという間に夢の中であった。
朝起きて、ぼーっとするも、あまり時間もなく洞爺駅に着いた。さっそく駅で記念撮影。まずは無事を祈る。それが全てだ。いざ組み立てに取り掛かるも、なかなか上手く行かない。長いこと格闘しているうちに、同じ列車から下りたおば様がたとお話。私の身の上の話、自転車の話から旅の情報、そして綺麗な展望スポットを教わる。こういうちょっとした出来事が旅の醍醐味だ。
国道37→国道453を走りながら洞爺湖を目指す、はずだったのだが。
どれ位だったのか、今となってははっきりしないが気がつくと急勾配を走り抜け、目の前には洞爺湖が広がっていた。はて。なぜだろう。
どうやら、旅に出る前、地図とにらめっこしながら考えた「ここは近道だけど急勾配だから入るのは止めよう」と考えていた道を走り抜けた模様。結果的に大幅な時間短縮になったのでよしとする。
洞爺湖は貧栄養湖である。つまり水が綺麗なのだ。「まりも」で有名な阿寒湖が割と透明度の低い湖だったために、連鎖的に、摩周湖がとくべつで他の湖は北海道であっても大して綺麗なものとは限らない、と思い込んでいただけに驚いた。
ともかく。目の前には綺麗な湖、そして遊覧船乗り場。教えていただいた観光スポットを目指そうかと思ったが、目の前の遊覧船があるのに、乗らないのも勿体無い。何より湖は綺麗なのだ。程なく出航。
フェリーの観光案内の女性曰く、自前の地図の中島という表記は、地元では周囲の群島を含む呼称であるのだそうな。一番大きな島の名前は大島と言う……、くらいしか聞こえなかった。どうにも、声が聞き取りづらくそれくらいしか憶えてなかったりする。機関部の近くにでも乗ったのだろうか、音が凄かった。
上陸した島自体は珍しい物があるわけでもなく、別段何が素晴らしいという物でこそなかったものの、そこから眺める昭和新山、有珠山は大層雄大であった。その活火山の下で働く人の力強さよ。私なら怖い。次はあの山に登る。楽しみだ。
今回の旅のために私はカメラを買っていた。最初の旅はカメラなし→使い捨てカメラ→家のカメラ→自分のカメラと徐々に欲しくなって最後には大枚はたいて買ってしまった。カメラはデジタルにしようと思っていた。最近の性能はかなり凄いらしいからそれなりのお金を出せばそう下手なものになるまい、と思っていた。
上手く撮れない。大島から昭和新山は遠すぎていまいちピリッとしないのだ。撮ったものに迫力が無い。本人の腕もあるのだろうけど。ちょっといやだなぁ。このカメラ、大丈夫かしらん?という想いが過ぎった瞬間。その差異を長いこと引きずることになる。今回の旅は様々な差異に心を揺り動かされることとなった。
湖の横を流しながら昭和新山を目指す。麓からロープウェイで有珠山にも行けるとのこと。湖の横になにやら作品と思われる像が点在していた。綺麗な水質の湖面と実に良くあっている。作品が良いのか、湖面が素晴らしいのか、どちらかは判断しかねたのだけど。
昭和新山麓の観光スポット、火山村に到着。北海道にしては珍しく路側帯が無く走りづらい道であった。昭和新山は登れなかった。目の前にすればそれも当たり前かと納得はした。なにしろ、ところどころから湯気が出ているのだ。今にも爆発しそうである。そしてその形も異常であった。なんと表現するべきか。傷口に丸い大きなかさぶたが張りついている、というのか、なんというか。いやちがうか、無理矢理出口を塞ぐべく詰め物をしたような感じといったほうがいいのか。とにかくそこにはいつか吹っ飛びそうな危うさがあった。しばらく呆然と見つめる。写真を撮る。うーん、まぁ及第点、かなぁ。でも、そのファインダーの中には迫力は詰め込まれていないのであった。
さて。次は有珠山である。じつは昭和新山は知っていたけれども、有珠山は名前くらいしか知らなかった。雲仙普賢岳と区別がついていないような、そんなあやふやな知識だった。いや、あれは九州なのは知っていたのでおかしいな?とは思っていたのだけれども。
登山道はどうやら無いらしいが、あったとしても時間があるわけでは無いし。さっさとロープウェイで登ることにする。少々金額が張るが。
私はあまり空を浮かぶものは好きでは無い。怖いから。いくつになってもこの恐怖から解放されることもなく、最近は自己弁護するようになった。曰く「人は地に足付けて生きるもの。空飛んで喜んでるほうがどうかしているのだ」。我ながら歪んでいるというか、卑屈というか。ともかく、ロープウェイだって空を飛ぶものの例外には成りえないのであった。怖い。そして大きい。観光客をたくさん乗せるためなのだろうけど、第一印象は業務用のようだな、だった。愛想が無いというよりはでか過ぎて無骨な印象を与えるのだ。どれ位かと言われると悩むのだが、うーん。
ともかく、そんなでかいロープウェイのおかげで有珠山展望台まではひとっとび。早い。そしてでかいから揺れない……こともなかった。やっぱり空を飛ぶ物は怖い。ただ、ロープウェイから見ることの出来た昭和新山はなかなかの景色であった。色彩に欠け、華やかとはいえないのだけれども、それには何か背筋を伸ばすような迫力がある。
有珠山もそうであった。
第二展望台までは整備されていて風情に欠けるのだが、もう少し野性味を残してもいいものを、と思わなかった。おそらく、整備しないと登れまい。一面石ころ。道の両サイドには花や木が植えてあったのだが、それが一層辺りの灰色の風景に荒涼とした印象を際立たせる。山肌は岩でできており、またその鋭さが刺々しく、また痛々しい。岩の色も黒っぽいのでなおさらか。ここまで荒涼の表現が似合うとは。第二展望台に到着。そう離れているわけでは無いので、すぐだった。あいも変わらず荒涼とした風景。が、後ろを振り向けば町並みが広がっている。一寸先は地獄、か?私は今この世とあの世の狭間にのんきに突っ立っているのかもしれない。どうやら、第三展望台があるらしい。距離があり、急勾配だそうな。登山に慣れている人以外通行禁止という立て看板がある。本来必要無い荷物を大量に背負っている私。かといってここまで来て引き下がるのは馬鹿馬鹿しい。それに行きたかった。この凄まじい風景を別の角度でみてみたかった。
道中は無言だった。連れ合いがいないからという理由も、もちろんあるのだろうけど、それだけではあるまい。それほどに押し黙らせる迫力を感じた風景だった。その風景は先ほどから荒涼、荒涼と言っていたが、目の前にすると誤りであったと気付く。私を黙らせたのは自身の形状を変えた過去の力によるものではなく、それだけの変化をおこして尚渦巻く山の底しれぬ力そのものに慄いたのだ。良い事なのかは判断しかねるが、いたるとこから白い蒸気が吹き上がっていた。中には新しく出来たと思われる孔が登山道のすぐ下に見えたりもした。まったく、本当に底がしれない。
第三展望台は第二展望台裏側の風景を見れるようなものなのだろう。山肌から吹き出る白い煙をみることが出来た。いつ爆発してもそうそう驚きはしないだろう、そう思った。そんな風景をいつまでも覚えていたくて、夢中でシャッターを切った。
切ったのだけれど、どうにこもうにも、よろしくない。今一、いや今二今三くらい迫力に欠ける。写真と言うものは所詮記憶を呼び覚ます鍵くらいにしかなれないのか。腕が悪いのはもちろんあるのだろうけど。なんだか面白く無い。うーん。
第三展望台から戻ったときには汗でびっしょりになっていた。急勾配で重い荷物を背負っていたから、無理もない話だ。帰る途中に親子連れに会ったが、第三展望台に行くか行かないかで悩んでいたようだ。差し出がましいが、体感に基づく時間を話した。結局行くことにされたのだろうか。
あの立て看板はすこし躊躇わせるだろう。「登山熟練者、装備の整った登山者以外は進入しないように」とは。過去にあの道で何かあったのだろうか。そのくせ看板だけだから行ってみたくなる。
麓に下り、おば様方に教えてもらった壮瞥公園を目指したが、入るための急勾配をみて、げんなりしたり、YHは誰もいなかったとか、いろいろあったけれど、この日は不都合なく無事終了した。
ここから先は観光をあまり意識していない移動、自転車旅行の本領である。大して金も掛からず、体が疲れを感じることを対価に、ただそこにある景色にたいして、平時には感じえないであろう、感動を覚えることが出来る。私本来、いつもの旅のスタイル。
2日目の出だしは悲惨だった。流石に荷物を背負って景色に突き動かされるようにハイペース(帰った後、9月の涼しい頃であるにもかかわらずデニムジャケットが汗で湿っているくらいのハイペース)で山だ、展望公園だ!などと上り下りしたのはまずかったらしい。ものすごく動きにくい。筋肉痛だ。しょっぱなから登りが広がるも一度も足をつけることなく登りきる。押すよりもゆっくりとしたペースでもいいので自転車に乗ったほうが早いという。ひぃひぃ言いながらも、抜けてしまえばあとは平坦なもので、国道230→県道66→県道97→県道66と流す。目の前に羊蹄山が広がり始めるともう、たまらない。蝦夷富士とあだ名される理由が分かる。まこと綺麗な山である。
やはり北海道はいいと感じる心を止められない。旅行者である以上ある一面しか見ていないわけだからあまり不用意なことを言うべきではないのかも知れないが、それでも素晴らしいと思う。この旅行にどんな理由があっても、もっとも大切な肝ははこのような景色を見るために来たのだ。
と景色を見ている間は思える。漕いで疲れてだるくなってくるとなーんで私はこんなことをやっているんだーと思ってしまうのだ。強い心が欲しい。後に、その心の強さを試されることになる。
ニセコ辺りでお昼かな?という時間。サクサク進み、どうやらそう困ることもなさそうなので、ペースダウン。
羊蹄山の麓では沸き水が出る。これがおいしいのだそうだ。丁度通り道に沸き水が。折角なので飲みに行ってみることに。
私は常に水道水を持ち歩いている事が多い。真水というのは重いけれど、便利であるからだ。暑くなれば頭からかぶったり、擦り傷の洗浄にも使える。もっとも北海道の水道水は結構おいしいと思う、ので飲料水として飲んで使う事がが大概だ。ここら辺の人たちは料理も水については困ることはないんだろうなぁと思っていたが。
そばにおいしい水があれば汲みに来るものか……商売熱心だなぁ。と呆然とするほどの一面ポリタンク&ワゴン車。風情も糞もあった物ではないが、そもそも沸き水であるはずなのに出口が蛇口になっている時点で風情がどうのという話ではない。まぁ、大変便利ですが。(後に聞いた話では別の沸き水ポイントは観光客向けというか、大変こ洒落たところなのだとか。いうなればここは業務用と行ったところなのだろうか。)
当たり前だが順番待ちで熱心に汲んでいる。冷たいのにご苦労だなぁとボンヤリ座って待つことにする。のんびり待つのは時間が有るのなら割と平気な性質である。ただし、興味が無くなればあっさりあきらめたりもするのだけど。
ぼんやり。なかなか綺麗なところ。すがすがしい景色に、水を汲む人たちの真剣な熱意みたいなもの渦巻き、不思議な空間となっている。一般にイメージされる自然ではないけれど、とても自然的であるように思った。しばらくの観……察?をしていると、横からこれにいれればいいの?と尋ねられ、まごついてる間にペットボトルに沸き水を入れてもらえてしまった。ありがとうございます、と丁寧に一礼したあと、その場を離れた。
まごついた分少し恥ずかしかったけれどとても嬉しくて、こそばゆい。
そうそう、味のほうだが、素人の私にも分かる、味の違いがあった。より水としての純度が高くなるような、というかそもそも軟水なのかもしれない。とても口当たり滑らかであるように感じた。これは確かに、水道水よりおいしいわ。わざわざ汲みに来るもの無理はないように思う。商売熱心ならなおさらだ。
とても可愛らしいニセコ駅に着き、そこで昼食をとる。もしかしたらこの駅を利用するかもしれないので列車の発車時間を控えておく。
信じられない!というのがそこからの道のり。もっとも、考えて見れば当たり前だったのだけれども。
ニセコはウィンタースポーツの代表、スキーが出来ることで有名なところである。つまり、スキーが出来るということは当たり前だが坂なわけだ。そして、自然の坂と言うのは山が大抵の場合は該当するわけだ。
まさに地獄のごとき約7kmが始まった。と言うと大げさか。
自転車旅の最大の難関であり、言うなれば憎い敵役な坂道。これを一番楽に登る方法は常にこぎ続ける事なのだそうだ。ギアを緩くして(し過ぎてはいけない)とにかく一定間隔でこぐ。無心でこぐ。こぎ方人それぞれ、になるのだけれど、私の場合はというと。
「豚が豚をぶった。ぶたれた豚がぶった豚をぶった豚にぶった。ぶったぶたにぶたれた豚がぶったぶたにぶった豚をぶったぶたのぶったぶたにぶった。ぶったぶたのぶったぶたにぶたれた豚がぶったぶたのぶったぶたにぶった豚をぶったぶたのぶったぶたのぶったぶたにぶった(以下エンドレス。ぶったぶたの~が増える)」
ぶつぶつぶつぶつひたすら唱える。辛いだと苦しいだとかか余計なことを感じないように適当に力を抜きながら唱える。必要なことは我に返らないこと。頭がボンヤリ動いている程度が一番楽だ。まぁ、注意力散漫になるのであまりお勧めは出来ないのではあるが。
YHでの醍醐味は人とのふれあいなのだろうと思う。何を陳腐な、表面だけのお付き合いじゃないか、と思う方もいるかもしれないがだまされたと思ってやってみて欲しい。確かに行きずりだけれども、あたりまえのように突っ込んだ話なんて出来ないけれども、なにか感じる物があると思う。それは旅人ゆえの共感みたいなものだと思う。
ひぃひぃ言いながらYHにつき、少しばかり時間が早いので近くの「ミルク工房」に遊びに行って本日の自転車は終了。
ミルク工房では絞ったミルクを直接飲ませてくれたり、加工して販売していたりしていた。私も思わず買い込む。その場で喰う喰らう。
体重がどーのこーのと心配しなくて済むのは自転車旅の一つの醍醐味か。
羊蹄山がきれいに見えるスポットであるようだ。残念な事に雲がかかっていたが、それでも雄大な風景だと思う。しばし眺める。そんな時間も素晴らしい。
前日のYHでは人が全くいなく、部屋がとても広い分さびしいどこらか怖さすら感じるほど寂しかったが、今日はなんとYHに9人も人がいる。部屋は2人。私感動。
食事はとても優しい味だった。あまり高い物が出たわけではないのだけれども、とても丁寧に作ってあるのが分かって嬉しかった。何よりの味付けだと思う。純粋に腕もよいということもあるのだろうけれど。
食事のあとは近所の温泉の送迎の後、歓談会。いろいろなお話、これが楽しい。温泉でも歓談会でも「明日は何処に?」というのが私達の合い言葉。
楽しい歓談はあっという間に時間が経って、就寝時間に。そのなかで、どうやら明日は雨であるということを知る。心配だ。杞憂に終わればいいのだけれども。
3日目は前日の心配が的中し、朝から雨。今回の旅の中で最長距離である約120kmを走る予定だったが、電車に変わる。前日打ち説けた人ともお別れ。
流石に速い。少々予定外の出費ではあるが早い。各駅なのだけれど、それでも速い。こういうとき、自分の時間感覚の変異、つまり自転車旅の時間感覚になっていることを自覚する。普段の日常ではあまり乗らないであろう各駅であるのに、とてもとても速く感じる。非日常を自覚できたことは収穫だと思う。それこそが醍醐味で、どの道日常に戻ってから改めて実感はするけども、今実感できたならそれだけ今を大切に出来る。
予想外の事態、おおむね、そのような変異は重なるもの。乱数が偏るというか、なんというか。前日のYHの方と小樽駅で出会う。どうやら宿まで同じらしい。夜また会いましょう!と言って別れる。
この日は結局ぶらぶら、ぶらぶら小樽市内を散策。丁度いいや、今日は休足日だ、と筋肉痛が抜けきっていない足をいたわるつもりだったのだが、気がつけば直線距離だけで10km、博物館やらなにやら回ったことを考えるとどこが休足日なのか。
小樽運河は有名で写真ではとても絵になるところだったけれど、実際立ってみると、正直落胆。臭い。磯臭い。そう、すごく綺麗というわけでもないから当たり前ではあるのだけど。
まさに百聞は一見にしかず。写真の訴えかける力の強さとその差異について面白いなと思った。
4日目は一路、札幌。札幌は自転車で行くにはあまり面白くないところ。五番の目のような都市であり、故に目新しさがない。前回もほんの少しだけれど来てはいる。
しかし、少しだからこそいけなかった所もある。それが本物、というよりは私が思っているクラーク像をみること。そして北大植物園。
クラーク像はとてもみてみたいので早めに行こう、と自転車をこぐ。交通量が多い。大型車が多いのは怖い。上下に激しく登ったり下りたりするも、無事到着。札幌に着いてしまえばあとは楽……だと思っていたのだけれど。
そんなことはなかった。本当にやってみなくちゃ分からないとはこのことか。実際のところ辛かったのは札幌についてからだった。
札幌までは車道を走ればよかった。車道は交通量はそれなりにあるけれども、路側帯もそれなりにあったので走れないことはないし、そもそも歩道に人がいることもない。
札幌からクラーク像のある羊が丘公園まではそうはいかない。距離は短いが、交通量は多い、違法駐車はある、歩道は広いが人が多く走れるものではない。
そして碁盤の目のように細かく整理された区画が私の行く手を阻む。違法駐車があっては車道に大きく出ざるをえない。それがいやな私は歩道をとろとろ運転で走る。しかも碁盤の目のような街なので車道を渡るときが多くなるが、その車道と歩道のほんのわずかな段差が連続で続けば、げんなりするし、なにより尻をすりむいてしまった。痛い。ひぃひぃ言いながらも羊が丘に着き、クラーク像を見る。観光客のおばちゃんおじちゃんを目の前にしてポーズを取って写真を撮る。
大変恥ずかしいが、旅の恥はかき捨て。やるは一瞬の恥、やらぬは一生の恥。そしてまたとろとろと尻を痛めながら札幌に帰る。
これはまさに一生の不覚、というやつなのだろう。
「北大植物園は4時までです。」だそうな。計画性のなさがここで露見する。今更嘆いてもあとの祭なのではあるが。大学の設備は閉じるのが早いとどこかで聞いたような気がする、と茫然自失の頭で思う。結局今回も行けなかった。
今回のYH、札幌国際YHは一味違う。いや、三つくらい違うかもしれない。公営であり、新設であり、夕飯がないのだ。ビジネスホテルのようなYH。設備は本当に半端ではない。が、YHっぽくはないが。部屋もベット周りをカーテンで区切れるので良くも悪くもビジネスホテルの様であった。前日のYHで知り合った人とまた会えてしまったので会話。しかし、ここのYHはなにかしら縁がないとおしゃべりとかなさそうだね、と話す。良くも悪くも、ということなのだろう。
5日目は電車移動。今日はあの有名な富良野へ旅立つ日。奮発して特急列車。一度乗り継ぎ、いざ富良野へ!
当たり一面稲穂が揺れる。ここは総社か。私の育った懐かしい岡山の田舎の様である。懐かしくはあるが、旅は非日常であり常に新しくなければ。懐古にふけるたびと言うのは私の歳ではまだ早すぎる。あの緑のバルーン……なんだろう、と途中下車。一人旅行のいいところは自分次第というところだろう。
その自分次第であるが故に「閉園しました。」と言われたりもするのではあるのだけれども。旅行と言う非日常の最中にこのようにいうのも変な話だが、あまりこれといってなにかあったことはなかった日。適度に感動して適度に楽しくて、適度に疲れた。
ファーム富田の上空で浮いていた緑色のバルーンに釣られて途中下車して、そこのファームの花畑がとても綺麗だった。イメージにあった、「ラベンダーの時期には当たり一面ラベンダーなのだろうけど、私は時期が違うからなにが見られるのかな」という富良野に対する期待は稲穂によって良くも悪くも衝撃を伴った回答となって私の目に飛び込んできた。
稲穂、つまり水田である以上、畑にはなるまい。ラベンダー最盛期には田んぼが青々としているのか、と思うとなんだかマヌケな感じがする。あの有名な富良野、という旅行者の勝手な幻想は綺麗に崩れた。あの風景はそれこそ富田ファームのみで見られるものであるらしかった。
ただ、富田ファームの成り立ちを知ると、その稲穂もありきたりなものには見えなくなった。どんなところにも苦悩と決断が隠れている。ましてや、ここは昔蝦夷地と呼ばれていたのであったと私に思い出させてくれる。
かつてはこのあたり一面はラベンダー農家でいっぱいだったそうだ。化粧品の香料としてラベンダーは珍重されていた時期、また寒さに強い稲などが品種改良されていたわけでもなかったのだろう。当たり前だが観光客目当てではなく、それくらいしか作れないから生活のためにラベンダーを栽培していたようだった。しかし、香料が科学的に合成できる様になるとラベンダーの需要は一気に落ち込んだ。今でこそ天然素材と言う言葉が重要視されるが、安くて大量生産できる化学合成と面倒で少量のラベンダーでは勝負にすらならなかったのだろう。ラベンダー農家は次々と姿を消し、別のモノへと姿を変えて行った。
富田さんと言う方はそんな中でもどうしてもラベンダーにこだわった方あった。後に観光地として有名になる富良野であるが、先の保障も無い中ラベンダーにこだわったその胸中はいかばかりであったのだろうか。漫画ではない、現実は努力が必ず報われるわけでもない中で決断したその意思はまさに驚くしかない。
また、やむを得ずラベンダーを潰した大勢の人々。選択肢がそれしかない状況とは言え、長い間大切にしていたものを潰す。そうしなければならなかった苦悩は想像するのも痛々しい。
稲穂が揺れるその風景は私にとってそう珍しいものではないが、大きなうねりの中で苦悩し、決断した先人の思いが宿っているのではないか。
黄金色になりはじめた稲穂はただ無言でそこで風に揺られ続ける。だが、なんだか暖かくも寂しいと感じるのは感傷的に過ぎるのだろうと思う。旅人の勝手な感傷にすぎまい。。そこにいる人々の「生きる」と言うことを感じるだけで、きっとそれでいいんだろう。
YH近くの麓卿展望台では一面の向日葵畑(若干見ごろを過ぎた)が広がっていたりもした。様々なギャップこそが本日最も楽しめたことだった。
六日目は美瑛へ移動。前日のYHで午後から雨であるとか。まずい。雨具はもちろん持って来て入るが、使いたくない。となると、とにかくかっ飛ばして行くしかない。
というわけでいきなりのタイムトライアル。ギアを一番速度の出るギアに持っていく。とにかく急いでYHへ。なんだか時間に終われてかっとばすというのも良い!やってやる、という気持ち。熱くなるお馬鹿な男の子の部分をいたく刺激してくれる。
道中飛ばしすぎて寒くなってトイレを探したり、道を少しばかり行きすぎたりと、細かな事はあったものの、無事到着。その直後ぱらぱらと雨が。
「ふふふ、私の勝ちだな。」と子供のような満足感に浸りベッドで休むも、寝るもは勿体無いので名前のある木を歩いてめぐってみる。名前を間違えて看板を読み違え道に迷ったりしたりもしたが(マイルドセブンとセブンスター)一通り回ることが出来た。
美瑛は綺麗なところだ。そしてなにより、あまりにも非日本的である。安直であるし、なにより実物を知らないのだけど、イメージとして農業国フランスの田舎を思わせるような風景だった。しかし晴れていたならと嘆息せずにはいられない。どうか明日は晴れるようにと願うもおそらく望み薄であろう。
ただ、YHに帰る途中に綺麗な光景に出くわした。雲の合間から光が漏れる光景。シャッターを切ったけれど、考えてみれば雨が降ったからこそか、と思うと少しだけ、ほんのすこしだけれど雨も悪くないと思えた。
YHでは今回の旅で最も印象にのこる人に出会うことになる。
そのかたは女性だった。容姿になにか特別整っているというわけでもなかった。一般的な女性であった。ただひとつだけ変わっていたのはとにかくしゃべる方だった。マシンガントークというよりはガトリングガントークとでもいうのか。
それはもう、本当に良くしゃべった。それが嫌に思わせないところがこの人の才覚というか愛嬌というのか。人間的魅力というのはこういうのをいうのだな、とあいずちを打ちながら思っていた。夕飯の席で目の前に座った女性。あにか特別な物を感じることもなく、むしろ私はその横の厳つい男性のほうに気を取られていた。その、失礼な話だが、ちょっと、怖かったのだ。
そのかたは私の横の女性と話し始めて、大変楽しそうに話し始めて。女性間であるし、突っ込むのは野暮かとご飯を食べていたら、私に話が振られ、喜んで参戦し、そして大変驚いたのだけれど、まったくもの怖じせずに厳つい強面の男性に話しかけ始めた。最初、男性は怪訝な顔をしていた。しかし、気がつけばご飯を食べ終わったとも、わざわざ集まって四人こうして歓談している。話してみれば厳ついおじさんは大変貴重なお話を聞かせてくれたし、私も良く話しをしていた。
しかし、私一人なら絶対に話しかけなかっただろう。そうおもうと、いらない先入観なしに話しかけられるというのは人間ができているというかきもが座っているというか。才能というにはあまりにも安易であるが言葉としてそれ以外にどのように表現したらいいものか。すごい、の一言。一対一の談話がおおかったので、二人以上の歓談にとても満足して就寝。感謝。
観光最終日。朝から小雨。勘弁してくれ、と思うも雨はこの時期に来てしまった観光客の宿命か。でも自業自得とはいえ恨み言くらい天にむかって愚痴っても許されると思う。どうしたって雨はお構いなしに降り続けるのだし。それくらいしないとやってられない。前日のマシンガントークの女性が駅から電車に乗って旅立つらしい。送迎をしてくれるのだとか。ついでなので私も便乗した。どうせ、こう雨が降っているのでは自転車は使えないし。彼女の電車の待ち時間の間、最後のマシンガントーク。たのし。ふと、カメラの話題。自分のカメラについて話そうと腰に手をやると。ない。やっぱりない。ありゃ?
なぜか、千葉の友達に親指立てて「流石だな」と嘲笑われている様子が目に浮かんだ。ほっといて欲しい。
しばし「あちゃー、やっちゃたよこのひと」という目でみられるも、お互いふき出してしまった。人の寂しい構内に笑い声が響く。たまには忘れ物も、わるくない。
別れはあっさりと。またどこかで、と。それで十分だ。果たされることはきっと無いのだろうけど、それを寂しいとおもえるのならそれで十分なんだろうとおもう。今回のたびの長く続いた様々な別れとも、これで最後なのだろう。見送り、見送られ。また一人、旅立って行く。とはいえ、そうそう感傷に浸るわけにも行かず。何しろカメラが無いという非常事態。歩いて戻るしか、ない、のだけど。
YHまでの道のりを考えると一気に気が滅入る。先ほどまでの感傷は何処へやら。目の前に立ちはだかる障害を目の前に、ただただ気が滅入ったのであった。たまには忘れ物も、わるくない。だって?冗談言うんじゃないよ。前言撤回である。忘れ物はいつだって悪い。この世の真理である。
坂を登り、長い距離を歩く、雨が上がってきた。丁度いいのでカメラを持って出るときは自転車で行こう。そう考えれば忘れ物も悪くは無いのか。
中程で、第二回送迎を終えたYHの方の自動車に拾ってもらう。まさに地獄に仏。もしくは蜘蛛の糸か。ありがたい。
カメラを腰にとりつけて、いざ出発。予想外の時間を取ってしまったが、さりとて急ぐ必要もなし。なにしろ一日丸々観光に使えるのだから。移動手段も自転車になったし。
丘の町と言うだけあってとにかくそこらじゅう丘だらけ。ここまで来ると凄いかもしれない。日本じゃないようだ。前日の富良野とはえらい違いである。
ただ。走ってるのが楽しいのは最初だけで。丘ということは坂が多い。なかなか辛い。とにかく、あいにくの天気だけれども走り回ろうじゃない、と走る走る。
ここからは実は正確な道のりがわからなかったりする。地図を見て回ったものの、まっぷるのエリア案内用の簡易地図なので枝道の数が正しくないのだ。誤って地図に載ってない枝道に入ること多数。もーしらん!と道の分かれ目にある立て看板をあてにすることにした。まぁ、これだって全てが全て完備されているわけではないのだけれども。
気がつけば、今回回るエリアとしては最も南側に下りていた。ここって昼食用ポイントのはずである。……昼食。困った。まだ十時になったばかり。せめて十一時だよなぁ、昼食は。幸い、近くには小高い丘の上に立つ展望台や、子供向けのような近くまでよれるタイプの牧場があった。このへんで時間を潰すことにする。
小高い丘の上の展望台はなかなかに洒落ていて、晴れていたなら絵になっただろうなぁと思わせる可愛らしい洋風建築であった。そこからの景色も悪くなく、晴れていたならなぁと今日何度目か分からない溜息をした。天候すらも楽しめるような度量を持つべきなのかもしれないが、一番楽しみにしていたわけで。これくらいの愚痴は許されるよねと、誰に言うでもなく一人ぼやく。
下の牧場はなかなか面白かった。結構種類がいた。ポニーだとか羊だとか。
中でも一番驚いたのはヤギのように見えた生き物だった。どうみたってヤギだが、なんでもシロシカと言うらしい。鹿の一種なのだそうな。確かにヤギにあるような髭はないけど。びっくり。
ぶらぶら歩くと乗馬コース案内なる看板を発見。「乗馬、いいなぁ。」とつぶやき看板を覗くも、学生はお呼びでないらしい。まぁ、そうね、あたりまえだよね。と悔しがるも、別のところにまた立て看板。なんでも柵の中を一周するコースというのがあるらしい。お値段五百円。安い。これなら乗れる!と喜び勇んで乗り場に向かうも、十一時半から、とのこと。馬はデリケートな生き物、休憩がいるのだとか。あんなにでっかいのにねぇ、と横の柵の中で草を食んでいる馬を眺めつつ時間を待つ。しかし、彼らはなかなか、浮き出た筋肉のラインが美しい生き物であるかもしれない。
十一時半、乗馬受付開始。親子連れ、女性三人が並んでいた。一人ものはちょっと寂しい。一周するだけであったが、見ているだけでは分からないもので、馬って前後に揺れるのかと思ったけど、どちらかというと左右に揺れるのね、と新しい発見。
乗り終われば十二時。レストランは高かったが、その中から安くておいしい物が食べられたのでよかった。しかし、わざわざ時間を潰してまで食べたいというのも、我なが意地食い意地が張っている。
自転車に乗り、ふらふらと進む。丘を目指したいのだけれど、どちらにいったものやら。「拓真館」こちらという案内を見つける。雨がまたぱらつき始めたので雨宿りがてらいってみる。白い建物。教会みたい、と思った。駐車場にはあまり車を見なかったが、入場者は写真をゆっくり見るのが困らないくらいには多かった。綺麗な写真たち。全て風景であった。
有珠山を思い出す。私のあの写真とは違っていた。そこには間違いなく迫力があった。見たこともない風景に想いをはせようと想像力をかきたてられるだけのものがあった。
その中に見たことのある絵があった。姉の部屋に飾ってあったカレンダー。それはこの辺の風景であったらしい。すごいなぁと思う。
片隅に写真家の機材が展示されてあった。大きい。そして重そうだ。履歴ものっていた。もうすでにお亡くなりになられてしまったのか。
富良野といい美瑛といいこの辺にはその土地を愛する人が多いのだなぁと、ボンヤリ写真たちを眺めながら思う。
私が気に入ったのは「白い幻想」。白い地にポプラだけがあると言うその風景は最初「……CG?」と失礼なことを考えたほどに不思議な風景写真だった。
一通り満喫したあと、拓真館を発つ。るるぶの案内に赤い屋根のある丘という案内がちょこっと載っているのだが、がぜん行ってみたくなった。なにしろ拓真館の写真家が写真を収めた風景なのである。これは行ってみたい。どんな綺麗なとこであるのやら。
しかし、なかなかどうして。うろうろかなり長い時間うろつき、あらかたみて回るも、赤い屋根のある丘が見つからない。そもそも大抵あった別れ道での案内表示に、「赤い屋根のある丘」こちら、という看板がない。おかしいな、どうなっているのやら。
えんえんとうろうろして、あるはずと思われる場所や、地図が間違っていて他の場所か?と、コースを回ったりと、そんなことをやっているうちに段々時間がなくなってきていた。YHの門限は早い。早めに帰らないと遅れてしまうし、どうしよう。あきらめて帰ろうか、しかしここまで来たのに。
見つかるときはもっと感動的なのかと思ったけども全くそんなこともなかった。ただそこに目を向けたらあった。そんな当たり前の風景。
美瑛の美観はそのために保たれているのではなく、田畑として保たれている物。結果として綺麗な光景が広がっているだけで、別に美観をどうこうと考えられたものではない。どうやら、その辺を分かっていない観光客がいるらしく、よく注意書きの看板を見た。ここは畑だから中に入らないように、というそんな感じの看板。
ここも、そのような看板がある当たり前の風景だった。生活臭さえ感じる。期待が大きかっただけにあまりにもギャップは大きい。
そう、ここはあくまで農家の畑、生活の糧を得る仕事場なのであるわけで。
なんというか。これはまさに有珠山と正反対のように思えた。あの場所で写真に感じた落胆が、今は目の前の風景に対して。
写真家はあの展示されていた重そうな荷物を持ってどこにあるのかも分からない風景を探し続けたのか。私は地図を(あんまりあてにならなかったけど)持っていたのにこんなに迷ったのに。そして、この光景を素晴らしいと思いシャッターを押したのか。
疲れに感性を鈍らせることなく、不要なものをファインダーから排除し、風景を切り出すという仕事を完璧にやってのけたのか。
それはまさに愛情であり執念そのものなのではないか。愛という感情の発露の極限のうち、その一つであるのだと思う。写真から、今は強く愛を感じる。怖いほどに。
その場に立って、その一端に触れ、衝撃を受けたこと、そして自らに巻き起こった感情の揺れの理由は、この旅で一番の収穫になった。
最近のコメント